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週末旅のススメ 日本全国厳選トリップ vol.5

vol.5 秋田・由利本荘「自然を敬い、自然とともに醸す秋田の銘酒」

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週末旅のススメ 日本全国厳選トリップ

自社酵母で酒を手がける伝説の杜氏

冬は雪深く寒さ厳しい秋田県は、その気候風土から多くの銘酒が醸されている。

「雪の茅舎(ゆきのぼうしゃ)」で知られる齋彌酒造店(さいやしゅぞうてん)は、1902(明治35)年から県南部の由利本荘市で酒造りを続けてきた。裏山に沿って建てられた蔵は、高低差約6メートルで奥行きが120メートル。一番上に精米所があり、その米が敷地内に湧く伏流水で仕込まれ、酒造りの工程とともに下っていく効率的な仕組みに。醸造博士として知られる東京農業大学の名誉教授 小泉武夫氏は、その姿を焼き物の登り窯に似ていることから「のぼり蔵」と名付けた。

この蔵で酒造りの采配を振るうのが、高橋藤一杜氏。50年前から酒造りに携わり、この蔵で杜氏になって45年目を迎えた。その酒造りの腕と実績はもちろん、果敢に挑戦を続ける姿に、全国の杜氏や蔵人から尊敬を集める伝説の名杜氏だ。

たとえば酵母。秋田県産の酵母から高橋さん自らが選別、培養した自社酵母を使っている。
「酵母が発酵するとブクブクと泡を出すのですが、泡が多いと仕込める酒の量が減るので、経済効率を考えて泡があまり出ないように改良されてきた。でもね、よくよく考えてみると、酵母は泡を出すのが当たり前なんです」
高橋さんによれば、泡は酵母のベッドのような役割を果たし、ほどよく酵母が休むことができるという。泡がなければ休む間も無く発酵が進み短時間で酒を造ることができるが、「その休んでいる時間が『酒の形』を造る、という思いがあって」。そして高橋さんは、泡の出ない酵母を本来の姿に戻そうと考えた。
「何かショックを与えたら元に戻るんじゃないか……と。安易な考えですが、私は学者じゃなくて職人なのでね(笑)」

微生物が心地いい環境を守る

職人の勘は見事に的中し、泡を出す酵母として蘇った。ムクムクと豊富な泡を出すことで、タンクの中のもろみには自然と対流が生まれた。その様を目の当たりにした高橋さんは、20年ほど前、酒造りの常識を覆す道を選ぶ。発酵を促すために櫂でもろみを混ぜる作業「櫂入れ(かいいれ)」をやめたのだ。
「微生物が大量に発生すればエネルギーを出す。すると対流が起こる。自然の原理なんです。そしてそれは、人間の手で行うよりも自然にかなったバランスのとれた対流のはず」

高橋さんの中には、幼いころの経験が深く根付いているという。
県東南部に位置する横手市で生まれ、野山を駆け回って育った。遊びの中で知ったのは、大いなる自然が持つ神秘と原理。「自然の営みは人間が思うよりもはるかに精巧なシステムで行われている。酒も微生物が醸すもの。人間が手をかけすぎないほうがいいのでは、と思ったのです」

齋彌酒造店は酒蔵としては日本で初めてオーガニック認定を受けた。「認定を取ろうなんて大それたことは、まったく考えてなかったんだけどね」と高橋さん。それもまた、自然への敬意からだった。「自然界はバランスが取れている。蔵も一つの自然だと考えたのです」。のぼり蔵の中は、どこを見てもとにかくきれいだ。整理整頓と掃除が徹底されていることが一目でわかる。日々の片付けや手入れはもちろんのこと、酒造りの前にはなんと天井や梁までもを、薬品を一切使わず人の手で拭きあげているという。
「蔵の中にはいろんな菌が存在していて、必要な菌まで排除してしまうと蔵の環境が変わってしまう。この蔵の中で長い間バランスが取れてきた環境の中で仕込むから、毎年ほぼ同じ酒ができるのです」

高橋さんは、穏やかな笑顔でこう続ける。
「微生物が心地いい環境を作ること。それが、味や香りだけでは語りきれない、『雪の茅舎』ならではの風味を形作っている。そんな風に思っているんですよ」

微生物がゆっくりと醸す、そのままの酒を届けたいーー。その思いから、櫂入れだけでなく、濾過しない、加水しないという「三ない」を貫く。そして生まれる銘酒「雪の茅舎」は、口当たりも香りも柔らかく、秋田の酒らしく味わいは深いもののずっと飲み続けたくなるような心地よさがある。美人は美人でも、ほっこりとした温かみを感じさせる「めんこい秋田美人」といった趣だ。

発酵の魅力に触れに、秋田へ

蔵には、高橋さんの背中を追うように酒造りに真剣に向き合う若い蔵人たちの姿があった。中には米農家の跡取りが夏には米を作り、冬は酒づくりにと自分たちが造った米がどのように酒になっていくかを自らの目で、手で、舌で知る。高橋さんはこうした若い世代の意見にも積極的に耳を傾ける。
「若い人からはエネルギーをもらえるからね」とうれしそうに目を細めながら、こう語った。
「時代が求める酒があります。前時代的な考えややり方にとらわれることなく、うちの酒、うちらしい酒を育んでいきたい」

2019(令和元)年には、道路を挟んだ蔵の向かいに古民家を再利用したカフェ&ショップ「発酵小路 田屋」がオープン。「雪の茅舎」や甘酒、オリジナルグッズなどに加え、地域の食品なども販売。カフェでは仕込み水で焼いた自家製食パン、塩麹を使ったメニューなどが味わえる。まさに発酵のアンテナショップだ。

県魚でもあるハタハタを使った魚醤「しょっつる」や、米麹と発酵させた飯寿司など、秋田県は冬の寒さと雪深さから保存のきく発酵食品の文化が古くから発展してきた。県では発酵をキーワードに旅する「発酵ツーリズム」を推し進めている。のぼり蔵で微生物の息遣いを感じ、酒造りに真摯に向き合う人々の姿に触れ、酒や発酵食品を味わう。秋田への旅路は、人と自然が醸す芳醇な魅力にあふれている。

文/中津海麻子
撮影/興村憲彦
写真提供/齋彌酒造店

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秋田県由利本荘市へのアクセス
札幌(千歳)から秋田空港へJALグループ便が毎日運航。秋田空港から由利本荘市まで車で約1時間。

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掲載情報は2020年2月17日時点のものです。

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