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ロシア「紅茶と共に、古都を味わう」

バカンスのススメ 非日常の世界に遊ぶ vol.10

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バカンスのススメ 非日常の世界に遊ぶのタイトル

文豪たちが愛したサモワール

ロシアには、英国とはひと味違った喫茶文化が根付いている。広大な国土を持つこの国らしく、地方ごとに、さまざまなハーブを紅茶や緑茶にブレンドして楽しんでいる。果物や木の実を使った砂糖煮(ヴァレーニエ)や、国民食のピロシキなどのお茶請けのバラエティーも豊富で、ティータイムの食卓は賑やかだ。

なんと言ってもロシアらしいのが、銅や真鍮やステンレス製の給茶器「サモワール」。サモワールでお湯を沸かしたら、とても濃く淹れた紅茶のポットを上部に置いて蒸気で保温。茶碗に紅茶を注ぎ、サモワールから熱湯を注いで味加減する。
ガス台や電気湯沸かし器が普及したおかげで、一時、サモワールは家庭から姿を消してしまったが、最近、その人気が復活した。ロシアの文化を大切にしようという機運が高まっているせいらしい。サンクトペテルブルク市内の専門店では、優雅な装飾の、帝政時代の復刻品がよく売れていると聞いた。

サンクトペテルブルクには、サモワールを常備するカフェがいくつもある。中心地にあるネフスキー大通りとモイカ運河の交わる角の「文学カフェ」は、1816年に開店した当初から、プーシキン、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、クリロフといった作家たちが、芸術論や人生を熱く語り合ったことで知られている。店内には、彼らの肖像画がかかり、文豪が好んで座った場所がプレートで示されている。給仕がお茶を淹れてくれたら、ヴァレーニエをスプーンで口に運び、紅茶を一口飲む。これを交互に繰り返して味わうのがロシア式だ。十九世紀のクラシックな雰囲気を満喫しながらティータイムを過ごそう。

ネフスキー大通りには、文豪ドストエフスキーが晩年を過ごし、名作『カラマーゾフの兄弟』を書き上げた家があり、記念館になっている。濃い紅茶が好きだったドストエフスキーは、お茶の淹れ方に大変こだわり、必ず色合いを確かめ、お茶を足したかと思うと湯こぼしに入れてはまた熱湯を注ぎ足す、ということを毎回何度も繰り返したという。彼が愛用したサモワールやティーカップなどが、食堂や書斎に展示されていて興味深い。


花開く紅茶文化

言うまでもなくサンクトペテルブルクは、1917年にロシア革命が起きるまで200年以上にわたりロシア帝国の首都だった。北の沼地を壮麗な都に変えたのは、ロマノフ朝繁栄の礎を築いたピョートル一世(在位1682~1725)だ。彼は積極的に西欧各国から先端技術や文化を取り入れ、西欧に負けぬ街並みを造り上げた。

皇帝一家が暮らした冬の宮殿(現在のエルミタージュ美術館)や郊外のプーシキン市にあるエカテリーナ宮殿(女帝たちの避暑のために造られた宮殿)を訪ねると、「マイセン」や「リモージュ」などヨーロッパの名門窯に注文したり、皇室専用窯で造らせたティーセットが部屋ごとに並び、そのあでやかな絵付けに見とれてしまう。


ところで、ロシアにお茶が伝わったのは、いつ頃のことだったろうか?
一説によると1638年に、モンゴル王がロシアの皇帝に茶葉を贈ったのが最初と言われている。日本史で言うと江戸時代、島原の乱が終結した寛永15年にあたる。その後、清朝との間に国境を定めるネルチンスク条約(1689年)、キャフタ条約(1727年)が結ばれると、中国貿易が盛んになって、お茶(緑茶を固めた固形茶や紅茶に似た発酵茶)の輸入量が増えていった。

中国華南地方からイルクーツクを経て、はるばるとウラル山脈を越えて陸路でロシアに運ばれてきたお茶。そのため、出荷地の広東語「チャ」(茶)が次第に変化して、ロシアでは「チャイ」と呼ばれるようになった。一方、オランダや英国は、福建省のアモイ港から海路でお茶を運んだため、福建語の「テ」が広まり、英国では「ティー」、フランスやオランダでは「テ」として定着した。


ティーラバーのための時間

薄暮の時間になると、サンクトペテルブルクはその美しさがいっそう際立ってくる。陽光がだんだんに傾き、大気がすみれ色に染まる頃、街を縫うように流れる運河やネヴァ川の水面には、荘厳な建物がほのかに映り込んで、さざ波とともに揺れる。モダンで躍動的なモスクワとは対照的に、帝都のノスタルジアが街角のすみずみに沈殿している。エルミタージュ美術館や教会の尖塔や大聖堂を超える高層ビルを見かけないのは、帝政時代に、皇帝が住む冬の宮殿より高い建物の建築を禁止したからだ。

市内のあちこちにある居心地のよいカフェでは、若者から年配者までが、紅茶や食前酒を飲みながら談笑している。老舗の高級食品店「エリセーエフ」にあるカフェには、先ほど述べた「文学カフェ」同様、帝政期の雰囲気を味わおうと常連や観光客がやって来る。こうしたレトロなティーサロンとは対照的に、本屋さんやケーキ屋さんが併設するカフェコーナーや、ルーフトップに設けた見晴らしのいいカフェなど新しい店も増えていて、若者に人気だ。

英国のハイティーにあたる夕方のお茶の時間を設けているレストランもある。たとえば、“銀の世紀”と呼ばれた帝政末期に活躍した、詩人の名前をとったレストラン「セベリャーニン」は地元客でいつも混雑している。上品なコバルトネットの模様で知られるロモノーソフ焼きのティーカップにサモワールから湯を注ぎ、香り高い紅茶を味わおう。日曜日は、特製のピロシキが食べ放題になることも嬉しい。薄暮の時間に身をゆだねながら、ゆっくりと飲む。一杯のお茶は、サンクトペテルブルクの旅をさらに豊かなものにしてくれる。

文/平野久美子
撮影/柳川詩乃


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サンクトペテルブルクへのアクセス
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